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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)1083号 判決 1968年6月26日

原告 株式会社三星泥除製作所他一〇名

被告 破産者藤原治三郎破産管財人坂口繁

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告株式会社三星泥除製作所に対し金一、一五二、八三六円、同旭光化成工業株式会社に対し金一、七一七、四二〇円、同株式会社田中部品製作所に対し金一、九九四、〇一二円、同株式会社北川サドル製作所に対し金一、一五〇、五一六円、同株式会社大阪青谷荷台製作所に対し金八八四、五六〇円、同長瀬産業株式会社に対し金五〇七、六六五円、同三上マーク製造株式会社に対し金六一、八七一円、同寺内佐一に対し金九四二、三四五円、同小西菊太郎に対し金一、四二一、五四四円、同大淀金属工業株式会社に対し金六一九、三五四円、同株式会社高槻製作所に対し金九四〇、九三八円、及び右各金員に対する昭和三五年三月一九日以降完済まで年六分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。<以下省略>。

理由

第一、原告らの有する債権

<証拠>を考え合わせると、原告らが内外自転車及び大阪自転車に対し別紙債権額表記載のとおりそれぞれ債権を有することが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

第二、藤原治三郎に対する内外自転車の債権の有無

一、原告らは、藤原治三郎は内外自転車の取締役たる地位にありながら、同社に対する忠実義務に違反し且つ同社取締役会の承認を得ることなくして、昭和三二年六月一二日、自己が代表取締役に就任して経営している藤原自転車名義で、内外自転車の在庫商品(合計金二、五八四、四四五円相当)を買取ることとし即日これを運搬せしめて引渡しを受けたが、自己個人若しくは藤原自転車が内外自転車に対して有する債権と相殺するなどし、結局現金二〇〇、〇〇〇円を支払ったに止まるからその差額、金二、三八四、四四五円の損害を同社に与えた旨主張するので検討するに、

(一)、内外自転車が昭和三二年六月一〇日不渡手形を発し営業継続不能となって事実上倒産したこと、内外自転車代表取締役近藤増雄が同日以後に合計金二、五八四、四四五円相当の同社所有在庫商品を藤原自転車営業所に運搬しこれを引渡したことは当事者間に争いがなく、右引渡の当時藤原治三郎が内外自転車の取締役であり且つ藤原自転車の代表取締役であったこと、右商品に関する取引行為につき藤原治三郎が内外自転車取締役会の承認を得なかったことについては被告は明らかに争わないからこれを自白したものと看做す。

(二)、ところで<証拠>によれば、前記のとおり内外自転車が不渡手形を発して倒産するや、同社債権者らが多数同社に押しかけ同社内に保管中の在庫商品に封印して占有管理するに至ったこと、同月一三日頃内外自転車代表取締役近藤増雄は藤原治三郎宅に同人を訪ね右事実を告げたうえ、債権者らの知らない内外自転車所有の商品が他所に存在すること、同商品を藤原に買取って貰えればその売買代金をもって新会社を設立し、内外自転車の負債整理にあたりたい旨申入れたうえ、藤原治三郎の同意を得ないまま、前記のとおり合計金二、五八四、四四五円相当の在庫商品を債権者らに秘し密かに藤原自転車営業所(堺市柳之町東一丁二六番地)に運搬し、更に右商品の買取方を懇請したため、止むなく藤原自転車がこれを買受けることとし、同月一九日右商品代金を金二、五五〇、〇〇〇円と定め、右代金支払のため藤原自転車は近藤に対し約束手形三通(額面金五〇〇、〇〇〇円のもの二通、同金一、五五〇、〇〇〇円のもの一通、受取人いずれも内外自転車。)を振出交付したこと、右手形三通はいずれも支払期日(同年一〇月一五日)に支払場所たる三和銀行天満支店において支払われていることが認められる<中略>。

(三)、右認定事実及び前記争いのない事実によれば、藤原治三郎が前記在庫商品を内外自転車から買受けた行為は、商法二六五条に違反すること明らかであるが、右在庫商品の売買価格は数万円の値引きがされたとはいえ客観的に相当な価格の範囲内にあるというべく、しかも、その代金決済も三通の約束手形によりなされ右手形は支払期日に事故なく支払われているのであるから、結局前記藤原の取引行為により内外自転車に損害が発生した事実はないものと言わざるを得ない。以上のとおりであるから原告らの前記主張は理由がない。

第三、藤原治三郎に対する大阪自転車の債権の有無

一、内外自転車が解散し、昭和三二年八月一日大阪自転車(資本金二〇〇万円)が設立されたこと、藤原治三郎が同社代表取締役に就任し、近藤増雄が営業を担当することになったこと、内外自転車が三和銀行天満支店に対し金一二〇万余円の債務を負っていたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、原告らは、藤原治三郎が大阪自転車の株式払込金をもって違法にも第三者たる内外自転車の債務、金一二〇万余円を弁済し、それにより自己が同銀行に対し負担していた右債務の連帯保証債務を免れ右同額の損害を大阪自転車に与えた旨主張するので考えるに、<証拠>を綜合すると、昭和三二年六月二〇日頃以降、数回に亘り内外自転車債権者会議が開催され事態収拾につき協議が行なわれた結果(1)内外自転車の負債整理方法ないし再建築として資本金二〇〇万円の新会社を設立し、同社の代表取締役に藤原治三郎をあてること、(2)内外自転車が現に有している売掛債権及び在庫商品は新会社がこれを引継ぐ代わりに、右資産の限度において内外自転車の債務につき代位支払すべき義務を負うこと、(3)とりあえず右債務中二割の配当を実行し、残部については新会社の営業が軌道に乗るまでの間一時棚上げすること、(4)配当期日は一割につき同年九月三〇日、残る一割につき同年一一月三〇日とすること、(5)新会社の設立を迅速に実行するため、内外自転車が現に保有する前記藤原自転車振出の三通の約束手形をもって新会社の資本金を捻出し、これを元にして銀行から株式払込金保管証明書を得るが、株式引受人の真の株式金払込は設立後の新会社に対し同年一一月末日頃までに行なうこと等につき最終的に協議が纏ったこと、そこで藤原は同年六月二六日前記手形三通のうち額面金五〇万円のもの及び金一五五万円のもの各一通を持参し近藤増雄と同道のうえ、割引依頼のため三和銀行天満支店に赴いた際、同銀行は右両名に対し、内外自転車に対して有する割引手形四通の買戻請求債権合計金一、二〇二、二八一円の弁済方を要求したこと、内外自転車の右銀行との間の取引につき藤原自転車が連帯保証していたこと、右両名は、当時受領すべき右手形金員約二〇〇万円はそのまま同銀行へ、新会社株式申込証拠金として預入れるのであって新会社成立により当然同社の預金となるべきものであるから新会社成立後に右預金債権と相殺されても異存はない旨申入れた結果、前記二通の手形につき割引を受けたこと、右両名は即日これを新会社株式引受人一五名の名義により株式申込証拠金として同銀行に払込み同年七月三〇日同銀行からその旨の保管証明書の発行を受け、同年八月一日新会社大阪自転車の設立登記を了したこと、同月一〇日同銀行は右約旨に従い大阪自転車の払込資本金二〇〇万円から前記買戻請求債権額、払込手数料、及び延滞利息合計金一、二〇九、七四三円を控除し残額金七九〇、二五七円を大阪自転車の新規預金に計上したこと、他方大阪自転車は右控除された金員につき仮払金勘定名目で帳簿上処理したこと、以上の事実が認められる<中略>。

右認定事実によれば、大阪自転車は内外自転車の負債整理方法として、同社の有していた在庫商品及び売掛代金債権等の資産を引継ぎ、その有利な運用を通じて同社の負担している債務を代位支払うべき目的をもって同社の一般債権者等が株主となり設立されたものであるから、右事情を考慮すれば、大阪自転車代表取締役たる藤原治三郎が同社資金をもって同社成立後に内外自転車の三和銀行天満支店に対する割引手形買戻債務を相殺により消滅せしめた行為は、当然なすべき義務を履行し、若しくは正当に与えられた権限を行使したものというべきであり、これによって藤原自転車の右銀行に対する連帯保証債務が同時に消滅したとしても、それは右主たる債務消滅の当然の結果にすぎないというべきであって、右行為を違法と解することはできない(尤も藤原治三郎は大阪自転車成立前の昭和三二年六月二六日に、将来同社が成立した後において内外自転車の右債務と相殺されることを承認したうえで右銀行に株式申込証拠金の払込をしているのであるから、これを資本充実の原則という側面から考察し実質的な株金払込の有無を問題にすべき余地がないではないが、同人の大阪自転車に対する損害賠償義務の存否を問題にする本件においては右の点を論ずる実益はない。)

三、次に原告らは、藤原治三郎が大阪自転車の代表取締役在任中及び退任後に亘り、個人たる資格で同社の手形割引を行ない、不当に高率の割引料を取得して同社に損害を与えた旨主張するので考えるに、藤原治三郎が昭和三三年一月二八日から昭和三四年五月一一日迄の間個人たる資格において大阪自転車がその取引上取得した商業手形につき割引を行なっていたこと、右割引に当り金一〇〇円につき一日金一三銭の割合で割引料を取得していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、藤原治三郎は大阪自転車設立と同時に代表取締役に就任し昭和三三年八月三一日退任して同年九月一九日退任登記を了したこと、右期間中大阪自転車において取締役会が開かれたことなく、従って藤原治三郎が右手形割引につき取締役会の承認を得たことがなかったこと、当時市中銀行における手形の割引率は概ね日歩二銭八厘程度であったこと、藤原治三郎が行なっていた手形割引について大阪自転車は何ら担保を供していなかったばかりか割引極度額についても特に制限がなかったことが認められる(右認定を覆えすに足る的確な証拠はない。)のであるが、右事実によるも未だ大阪自転車に損害が発生したと断定することはできない。即ち元来手形割引は原則として手形の売買と解されているのであるが、その価額の決定は、当該手形債務者の信用状態によって強く左右される結果妥当な割引率というものも個々の手形において相当の幅があるといわざるを得ないところ、本件において割引の対象となった商業手形はその取得経路から言っても支払能力の点で浮沈の激しい個人又は小企業振出のものと一応の推測が成立つ他に、藤原治三郎自身無担保で割引に応じており当該手形が不渡になった場合の危険を自ら負担していた等の事情を考慮すれば日歩一三銭という一見高率の割引料も直ちに違法ないし著しく不当であると速断することができない。尚、一般的にいって銀行が手形割引に応ずるのは、既に継続的な取引が先行していて割引依頼人の信用性に不安を抱かない場合とか、或いは、割引による取得手形の不渡その他価値の消滅を防止すべく確実な担保を供せしめ且つ各種の特約を結んだ上でなされ、しかも右いずれの場合でも一定の割引枠を設ける等の実情があることに鑑みれば、市中銀行における標準的な割引率と本件藤原治三郎が行っていた手形割引率日歩一三銭とを機械的に比較することは妥当な方法とは言えないであろう。以上のとおりであるから結局本件手形割引によって大阪自転車に損害が発生したとの点につき証明はなお不充分であって、原告らの前記主張は理由がない。<省略>。

第四、以上認定したとおり、藤原治三郎が内外自転車及び大阪自転車に対し損害賠償義務を負う旨の原告ら主張は、右両名に損害発生の事実がない点からみていずれも理由がなく、従って破産者の承継人たる被告に対する本件請求はその余の点について判断するまでもなく全部失当であるからこれを棄却する。<以下省略>。

(裁判長裁判官 下出義明)

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